日本初のLRT、富山ライトレール

日本海側に位置し、北陸地方の中心都市のひとつでもある富山市。今回はそんな富山市を走る、日本初のLRT、富山ライトレールについてお話します。

富山ライトレールとは

富山ライトレールとは、富山県富山市の富山駅北~岩瀬浜駅(7.6Km)を走行している路線です。かつてはJR西日本の鉄道路線である富山港線が同じ区間にありましたが、2006(平成18)年2月に廃止され、その後同年4月29日より地元の企業等が出資した第3セクターの会社である富山ライトレールにより営業が開始されました。この、富山ライトレールで走行している車両には、「PORTRAM(ポートラム)」の愛称がついています。JR富山港線時代にはなかった、グッズの販売等も積極的に行われています。富山ライトレールの詳細については以下のリンクをご参照ください↓

http://www.t-lr.co.jp/index.html(富山ライトレール・PORTRAMホームページ)

現在のところ日本国内において、鉄道路線が廃止され、路面電車・LRT化された例は全国でもこの富山ライトレールしかなく、宇都宮市・京都市等LRT路線の建設が予定されている都市の先駆け的存在となっています。

路面電車とは、道路上に線路を敷き比較的短距離の移動を前提とした鉄道です。通常の鉄道路線よりも駅間が短く、また車両も通常の鉄道よりも小さなものが使用されています。

日本では、広島市・長崎市等が非常に有名な路面電車のある街ですが、他にも札幌市・函館市・東京都(都電荒川線・東急世田谷線)・愛知県豊橋市・富山市(富山地方鉄道・富山ライトレール(今回紹介の路線))・富山県高岡市・福井市・滋賀県大津市(京阪電鉄京津線・石山坂本線)・京都市(京福電鉄嵐山線・北野線)・大阪市と大阪府堺市・岡山市・高知市・愛媛県松山市・熊本市・鹿児島市に路面電車が走っています。比較的中規模~大規模な都市に多い印象です。広島市・長崎市の路面電車については以前記事を作成していますので、そちらをご参照ください↓

http://rail-dream.net/hiroshimastreetcar/(2月10日投稿・日本一のネットワーク・広島市の路面電車)

http://rail-dream.net/nagasakistreetcar/(2月13日投稿・異国情緒溢れる街、長崎の路面電車)

路面電車の線路等の敷設は、地下鉄よりも工事が容易で、開業までの時間が比較的短いことが挙げられます。また、ホーム等の駅施設も道路上または、道路横側にあるケースがほとんどです。

地下鉄の場合だと列車は地下を走行するため、地上は道路等に広く活用できますが、地面を掘削し、鉄道車両の通るトンネルを中に作り、そのトンネル内で電気系統や水等の配管の整備も行い、地下水等の対策も必要になってきます。また、駅も地下駅となる場合が多く、それらの工事も必要となります。このため、路面電車と比べて莫大な費用がかかり、非常に長い工期が必要となります。工事に要した費用を回収するのにも長い期間がかかるため、開通後~10年程度は赤字経営となることがほとんどです。黒字である他の路線の利益を潰す形になります。したがって、多くの乗客が見込める概ね人口100万人以上の大都市でないと採算が合わず、中規模な都市の移動手段としては向いていません。

このため、コンパクトシティ化(都市計画や街づくりの理念、あり方を示す概念。住宅、職場、店舗、病院など、生活に必要な機能を中心部に集めることで、マイカーに頼らず、公共交通機関や徒歩で暮らせる街にする)とも相まって、現在では路面電車が復調傾向にあります。現在では先ほども述べた宇都宮市や京都市だけでなく、横浜市や東京都八王子市等も興味を持っているようです。

ちなみに路面電車とLRTの違いですが、LRTとは高規格型路面電車のことを指し、次世代型の路面電車でもあります。どちらも路面電車にはなりますが、LRTには以下のような特徴があります。

・車両が低床タイプのものとなり、車いすでもそのまま乗降が可能となった(現在富山ライトレールで運行されている車両は全て低床タイプの車両)。

・路面電車区間では時速40Km/h程度で走行するが、専用軌道の区間では時速70Km/hでの走行が可能。

・路面電車のものよりも車両が軽量となり、メンテナンスも路面電車と比較し容易。

・ストアードフェアシステム(交通系ICカード等による乗車)も可能となり、乗車しやすくなった。

他にもあるかもしれませんが、このような違いがあります。では、赤字路線であったJR西日本の富山港線から、富山ライトレールとなり、どのような変化があったのでしょうか?具体的な数字で見ていこうと思います。

数字で見る富山港線と富山ライトレール

では、JR富山港線が富山ライトレールとなり、どのように変わったのでしょうか?簡単に言えば便利になったわけですが、ではどのように便利になったのか見ていきましょう。

JR西日本運営時と富山ライトレール移管後の比較
JR西日本運営時 富山ライトレール
移管直後
富山発の
運転本数
5 1 1
6 2 2
7 1 5
8 2 6
9 – 16 1 4
17 2 4
18 – 19 1 4
20 1 3
21 1 2
22 0 2
23 0 1
合計 20 66※
富山駅発始発列車 5:55 5:57
富山駅発最終列車 21:31 23:15

※66本のうち、2本は区間運転

上の表はwikipediaより引用したものですが、2006(平成18)年にJR富山港線が富山ライトレールになった時の比較の資料です。現在もほぼこれに準拠しています。富山駅が基準となった表ですが、運転本数も3倍以上に増加、最終電車の時刻も21:31発から23:15発と大幅に遅くなりました。運転の間隔でいうと、1時間に1~2本だった列車が、最大で1時間に6本(10分に1本)となりました。ちなみにこの表ではわからないことを下に補足しますが、

駅の数(富山・岩瀬浜含む)  富山港線時代・・・10駅         富山ライトレール・・・13駅

行き違いが可能な駅      富山港線時代・・・1駅(城川原駅)

               富山ライトレール・・・4駅(奥田中学校前駅・粟島駅・城川原駅・大広田駅)

と、列車の本数が増えたことにより、行き違いの可能な駅も増えました。こちらの意味でも便利になっています。

ちなみに富山港線と富山ライトレールの乗客の数ですが、富山港線の廃止5か月前にJR西日本が行った調査によれば、1000~2000人/日でしたが、富山ライトレールとなってからは開業初日の12750人/日を最大として、現在でも4000人/日程度の利用があるようです。

ライトレールとの競合から協働へ

富山ライトレールの開業は、他の交通機関の役割も変えました。先程も説明した「コンパクトシティ」化を目指す富山市では、マイカーに頼らなくても公共交通機関や徒歩で行ける範囲を増やす必要があったため、JR富山港線時代は鉄道と競合していた区間のバス路線が廃止され、富山ライトレールでは直接行けない場所をカバーする役割(協働)へと変化しました。フィーダーバスという愛称がついていますが、富山ライトレールの駅では途中の蓮町駅と終点の岩瀬浜駅より運行されています。

上の写真は富山ライトレールの終点岩瀬浜駅ですが、ライトレールのホームと段差無く乗り換えが出来るよう、ホームを挟んで向かい側にバス停が新設され、乗換がしやすくなりました。バスのダイヤもライトレールに接続するダイヤに改正されました。また、運賃もライトレールとフィーダーバスの乗継割引の運賃があります。

また、沿線にある富山競輪場もライトレールの開業に伴い、富山駅北口から運行していた無料バスを廃止し、競輪開催時には運賃が無料となるICカードを発行しています。

このように、富山ライトレールの開業は、1世帯あたりの自家用車の保有台数が全国2位(1位は福井県)の富山県の交通体系を変化させ、これから来たる超高齢化社会の交通のあり方を教えてくれていると言えると思います。

全国の交通事故の件数・交通事故の死者数は年々減少していますが、それらの事故のうち高齢者の自動車事故の件数の割合はさほど変わっておらず、むしろ増加傾向にあります。そして、免許証の自主返納者が増えているように、生きている間いつまででも自動車が運転できるわけではありません。ではそうなった時の移動の手段はどうなるのか?今回の富山ライトレールの記事を作成していて強く感じる部分でもありました。

今回は少し社会的な部分が強く入りましたが、「鉄道と高齢化社会のあり方」、また機会があれば書きたいと思います。是非富山にお越しの際は、地域の交通を変えた先駆者、富山ライトレールに乗車してみて下さい。

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