4つのアンパンマン列車と時刻表 

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説明が不要なくらい誰でも知っている有名なキャラクターですが、上の画像は故・やなせたかしさん原作の「アンパンマン」です。

子どものいる方だとご存知の方も多いと思いますが、四国は鉄道もアンパンマンの世界がいっぱいです。アンパンマン列車も多数走っています。

今回はそんなアンパンマンが楽しめる列車や、やなせたかしさんについて書いていきます。

アンパンマン列車

JR四国の管内には上の写真のようなアンパンマンの装飾をした、「アンパンマン列車」が多数走っています。

山陽新幹線との接続駅である岡山駅から乗車可能なものもありますが、大別すると以下の列車が「アンパンマ列車」として走っています。

・アンパンマントロッコ(瀬戸大橋線・土讃線、岡山~琴平)

→トロッコタイプの車両です。冬期間は運休となります。

・8000系アンパンマン列車(上写真・予讃線、岡山・高松・新居浜~松山)

→特急しおかぜ・いしづち等の一部列車になります。一部がアンパンマンシートです。

・宇和海アンパンマン列車(予讃線、松山~宇和島)

→特急宇和海の一部列車となります(ロールパンナ号等複数の車両あり)。

・ゆうゆうアンパンマンカー(高徳線・徳島線、高松~徳島、阿波池田~徳島)

→子ども向けのプレイルームのついた車両です。特急うずしおと特急剣山の一部車両となります。

各車両とも、車内はアンパンマンの装飾を施し、一部車両はアンパンマンシートとして、上写真のようなアンパンマンのキャラクターのついた座席となっています。ただし、グリーン車(アンパンマントロッコを除く)は車内にアンパンマンの装飾はありませんので注意してください。

運行車両や日程・時刻の詳細については、下記リンクをご参照ください↓

http://www.jr-eki.com/aptrain/main.html(JR四国アンパンマン列車HP)

予定を上手に組み合わせれば、一日に複数のアンパンマン列車に乗ることができます。

アンパンマン列車と関連商品

JR四国の管内では、上記のようなアンパンマンの列車が運行されているだけではなく、それに関連する商品も販売しています。

様々な商品がありますが、上記写真は「げんき100ばい!アンパンマン弁当(写真1枚目)」と「アンパンマン弁当(写真2枚目)」です。どちらも容器が再利用でき、アンパンマン弁当のアンパンマンは水筒として利用できます。

アンパンマントロッコ等車内での販売もありますが数に限りがあるため、確実に食べたい方は予約をおすすめします。また、各地の百貨店等の駅弁大会で購入できる場合もあります。

アンパンマン弁当の予約先・・・株式会社ステーションクリエイト東四国駅弁事業部

TEL:087-851-7710(平日9~17時・土休日除く)

また、駅で購入の場合は高松駅・高知駅でアンパンマン弁当が販売されています。

また、アンパンマン列車のチョロQ等関連するグッズも販売されていますので、是非購入されみてはいかがでしょうか。

アンパンマントロッコの車内・高知駅のアンパンマンテラス等でグッズの販売がされています。

アンパンマンミュージアムとやなせたかし記念館

全国各地にアンパンマンこどもミュージアムはありますが(仙台・横浜・名古屋・神戸・福岡)、

アンパンマンの作者・やなせたかしさんの故郷である高知県にもアンパンマンミュージアムがあります。

やなせたかしさんの出身は高知県香美市(旧香北町)の出身で、アンパンマン等絵本作家として非常に有名ですが、絵本作家になる前は、製薬会社の宣伝部・編集者・舞台美術家・演出家・司会者・コピーライター・作詞家・シナリオライタ―等非常に多彩な仕事をこなしていました。

アンパンマンが誕生したのは1969(昭和44)年でしたが、そのころのアンパンマンは現在のような作品ではなく、当時流行していたヒーロー物へのアンチテーゼのような大人向けの作品でした。

その後アンパンマンは1973(昭和47)年、子ども向けに改作され、フレーベル館の月刊「キンダーおはなしえほん」の一冊として「あんぱんまん」として発表されましたが、当時は評論家・教育関係者・保護者らからのバッシングもかなりあったようです。すぐには子どもたちに浸透しませんでしたが、段々と幼児たちにも人気がでていったようです。

その後1988(昭和63)年にテレビアニメ「それいけ!アンパンマン」が放送されましたが、最初はスポンサーがつかず、関東エリアだけでの放送でしたが、大人気番組となり全国に放送が広まり、キャラクターグッズも爆発的に売れ、やなせしげるさんは一躍売れっ子となりました。

「アンパンマン」により一躍売れっ子になったやなせしげるさんは、各多くの賞を受賞し、1996年に故郷・高知県香美市にアンパンマンミュージアムが開館、また、同記念館内に「詩とメルヘン絵本館」がオープンする等名声も高まっていきましたが、名声に奢ることなく、漫画界の活性化や復興のために、様々な自治体からのキャラクターの作成の依頼も無償で引き受けたり、一コマ漫画の大会、「まんが甲子園」の立ち上げへの関与・資金提供等様々な活動に取り組まれました。

また、2000年頃より、「漫画家ならば行動や言動も漫画的に面白くなければならない」という信念を持つようになり、テンガロンハットにサングラス、カウボーイブーツという独特なファッションで公の場に現れ、日本漫画家協会の会合やその他のイベントなどで歌や踊りを取り入れたユニークなスピーチをするようになりました。

漫画として精力的に様々な活動をされていましたが、「アンパンマン」の製作当初から体調は必ずしも良好なわけではなく、60歳代末期には腎臓結石、70歳代には白内障・心臓病、80歳代には膵臓炎・緑内障・ヘルニア・腸閉塞・腎臓癌・膀胱癌・90歳代には腸閉塞(再発)・肺炎・膀胱癌(再発)と多くの病気に悩まされ、膀胱癌に至っては10回以上再発したそうです。

2011年の東日本大震災の際も、それいけ!アンパンマンのテーマソング、「アンパンマンのマーチ」やアンパンマンに勇気づけられた・子どもが笑顔を取り戻したとの声が多数届いたことから、漫画家を引退するのをやめ、被災地向けのアンパンマンのポスターを作成したり、「奇跡の一本松」をテーマとしたCDの自主制作等精力的に活動されました。

2013年10月、心不全のため94歳で死去されました。晩年には家族・親戚もいなかったこともあり、やなせ氏の生前からの意向により、遺産はアンパンマンスタジオ(東京)とこのアンパンマンミュージアム(高知県)に回されたそうです。なお、自身の墓は高知県香美市香北町の生前の実家の跡地である「やなせたかし朴ノ木公園」に建設され、アンパンマンとばいきんまんの石像も横に立てられました。

簡単にやなせたかしさんの略歴について書きましたが、この高知県香美市のアンパンマンミュージアムは同氏の生前の活動の様子や、生前書いたアンパンマンのキャラクター等の絵が多く展示されており、子供向けのエンターテイメント色の強い前述のアンパンマンこどもミュージアムと違い、やなせたかしさん自身について知る・学ぶことの出来る良い場であると思います。

近接する「詩とメルヘンの絵本館」には、雑誌「詩とメルヘン」の中でやなせたかしさんが手がけた表紙やイラストが多数展示されており、「アンパンマン」とは違う同氏の世界に触れることができます。

また、アンパンマンミュージアムの隣には、室内がアンパンマンの装飾で施されたホテル「ピースフルセレネ」(写真右)があり、宿泊しアンパンマンの世界に触れることもできますが、2016年4月から休業中のようで再開時期は未定です。

アンパンマンミュージアムへのアクセス・・・JR土讃線土佐山田駅下車・駅前からJRバス大栃線乗車約25分、「アンパンマンマンミュージアム前」下車すぐ。

香美市立やなせたかし記念館~アンパンマンミュージアム&詩とメルヘン絵本館~HP↓

http://anpanman-museum.net/

さいごに

今回はアンパンマン列車と高知県香美市について記事にしましたが、やなせたかしさんのことについて最も多くスペースをとりました。この記事を読んでいるお父さん・お母さんもアンパンマンとともに育った世代の方もいるかもしれませんね。

四国の中はアンパンマンや、その作者やなせたかしさんが遺した世界がいっぱいあります。それらに触れ、どっぷりと世界に浸かるのも楽しいかと思います。

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